第一章 働くという事と福祉の現状
訪問介護の現場では、慢性的な人手不足と厳しい報酬体系の中で、ヘルパーたちが日々限界まで動いています。
その多くは「家庭の事情で長時間で働けない人」が担っています。
子育て中、親の介護を抱えながら、時間をやりくりして、わずかな収入と「感謝」で働いています。
私は、その現場を運営する立場にいます。
制度の設計と現実との間に、深くて暗い谷があることを、現場から報告させてください。
第二章 家庭と仕事の両立
私の事業所には、子どもの通学時間にあわせて午前中だけ働くシングルマザーのヘルパーがいます。 また、親の介護があるためにフルタイムの仕事に就けず、訪問介護の1日1.2件の仕事に希望を託す方もいます。
こうした方々に共通するのは、「生活のために働きたいけど、時間も体力も限られている」という現実です。 訪問介護の現場では、ヘルパー1人が複数の利用者宅を回り、短時間のサービスを積み重ねて日々を成り立たせています。
制度上、「処遇改善加算」や「ベースアップ加算」などの仕組みによって、収入の底上げは図られており、実際にヘルパー個人の給与にも反映されています。
ただし、根本的な課題は「報酬が上がっても、それが実質的な“手取り”として残りにくい構造」にあります。それぞれの視点から見ていきます。
◯訪問介護の報酬として(事業者側として)
【そもそもの単価】
訪問介護の単価には従来から問題視されてきた移動費や拘束時間の実態は、依然として報酬単価に十分反映されていません。
それにより、多くの事業所では、移動時間や記録作業が無給となっているケースがあり、トータルの労働時間に見合った対価が得られにくいという声が現場から上がっています。
一方で、私たちの事業所では、移動には手当を支給し、業務記録はチェック欄がある複写式の記録表を用いて簡単に記入・押印できるようにするなど、制度の隙間を埋める運用で対応しています。頑張ってくれている職員の善意に甘えることなく、お支払いすべきものはするべきです。なお、移動費については公的報酬には含まれていないため、事業者が独自に手当を設ける必要があります。
【処遇改善加算】
→※介護職員の給与を補助するため、一定の条件を満たす事業所に支給される制度
ここからは単価ではなく加算のお話。
- 例えば、処遇改善加算はどういう事をしている事業所なら加算I、加算Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ…と事業所により加算のランクがあります。それぞれの加算は行っている事業(届出内容)によって、決まっています(単価に対して何%入ってくるかが決まっています)。
- 処遇改善加算ⅠやⅡといった加算要件を満たすには申請時に、どんな良い事をしている事業所であるかといった、様々な職場要件を確認されます。
- そして、一般にはあまり知られていませんが、処遇改善加算は加算を算定するにあたり、加算額を全額、介護職員の処遇改善に使うことが義務付けられています。
- また、事業者は、毎年どのように職員に処遇改善加算を支給するかという計画を行政に提出し、翌年その計画通りに実行できたかという実績の報告もしています。
分かりやすくいうと、この処遇改善加算とは、ヘルパーの待遇を改善させようとすればするほど、処遇改善加算に関する事務作業や、加算額以上に事情者が何らかの金銭を負担することになっています。
それでも処遇改善加算を申請するのは、職員の収入が少しでも増えれば生活が楽になるだろう。良い職場環境という事は、ヘルパーにとっても、利用者にとっても良いことになるはず。事業者負担は増えるけど、みんなが良くなるなら…と、事業者は処遇改善加算を申請するのです。
◯ヘルパー(労働者側として)
そして、ヘルパー側には、所属する事業所によっては、移動時間や記録作業が無給となっているケースがあり、トータルの労働時間に見合った対価が得られにくいことがあります。
また、当事業所では額面の給与は上がっているが、「130万円の扶養控除」や「社会保険の壁」など、働き方を制約する制度的な壁に当たっています。せっかく「もっと働きたい」という希望があっても、それを制度が阻んでいる現実があるのです。
誰かの暮らしを守るために、なぜ自分の暮らしはこんなにも不安定なのか――
どうしてこんなに手取りが低くなるのか――
そう感じながら働く人は少なくありません。
次回
【現場の声】「家庭で支える前提」の訪問介護制度が、担い手を限界に追い込んでいる【中編】
・第三章 福祉事業者と福祉職員からみた制度の問題点
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