急な行動変容はリスク ― 段階的支援の科学的指導

介護と暮らし

支援現場で、本人の行動を早く変えたいという思いから、つい「急に強制する」「強引に切り替える」といった方法を取る支援者がいます。

しかし、このような対応は本人に心理的負担をかけるだけでなく、行動の悪化や事故リスクを高める危険があります。

特に自閉スペクトラムの方は予測可能性やルーチンを重視するため、急な変化は不安や混乱を生みやすいことが知られています。

今回の事例では、しょーくんがスリッパを姉の足元に持ってくる行動が問題として観察されています。姉は足を怪我しており、スリッパを履くと転倒のリスクが高まります。

しょーくんの意向は「姉にスリッパを履いてほしい」というものであり、行動自体は悪意ではありません。しかし、現状では姉の転倒リスクがさらに高まる状況が生まれています。このケースを安全かつ学習効果のある支援に変えるためには、急な強制ではなく段階的支援が不可欠です。

急な強制のリスク

ABA(応用行動分析)の研究によると、ある行動が強化されていた場合、その強化を急に止めると、一時的に行動の頻度や強度が増加する現象が起こります。これは「消去バースト(extinction burst)」と呼ばれます。しょーくんがスリッパを姉の足元に置く行動を急に禁止すると、一時的により強く行動する可能性があります。

さらに、自閉スペクトラムの方は環境の変化やルーチンの中断に敏感であり、急な制限や予定変更は不安や混乱を生じさせ、ストレスを高めます。これにより、行動のエスカレーションや心理的負担が増大し、支援の効果が低下するリスクがあります。

段階的支援の基本概念

段階的支援の基本は、本人が自発的に望ましい行動を選べるように導くことです。強制や叱責ではなく、科学的根拠に基づき、行動を小さなステップに分解し、順序立てて学習させることが推奨されます。

ABA理論におけるシェイピング(shaping)は、目標行動に近い行動を段階的に強化する方法です。今回の事例で言えば、「スリッパを持ってくる」行動をそのまま禁止するのではなく、安全な代替行動を徐々に導きます。小さな成功体験を重ねることで、本人は心理的負担なく望ましい行動を身につけられます。

段階的支援の具体ステップ

  • 安全に受け取る
    まず、しょーくんがスリッパを手に取る行動自体は否定せず、安全な範囲で認めます。ABC分析(Antecedent:先行条件、Behavior:行動、Consequence:結果)を用い、行動の原因と結果を整理し、安全性と学習効果を両立させます。
  • 一時保管する
    スリッパを姉の足元に直接持っていくのではなく、決められた安全な場所に置く行動を段階的に導きます。タスク分析を用い、行動を細かく分解し、一つずつ習得を確認しながら進めます
  • 履けないことを説明する
    姉がスリッパを履けない理由を説明する段階では、本人が納得しやすい言葉で伝えます。ここでは代替行動の差別強化(DRA)を行い、安全な行動を選択できた場合に肯定的なフィードバックを与えます。
  • 自発的に代替行動を選んだら強化
    しょーくんが自分で「安全な場所に置く」行動を選べた場合にほめ、肯定的な強化を行います。この段階で、学習定着率が高まり、心理的負担も最小化されます。

理論的裏付け

  • ABA(応用行動分析):行動は環境との関わりで学習される。段階的強化と行動の分析が支援の基本。
  • シェイピング(Shaping):目標行動に近い行動を段階的に強化。事例では「スリッパを持ってくる → 安全な場所に置く → 自発的に安全な行動を選ぶ」順で実施。
  • ABC分析:行動の原因と結果を整理。しょーくんの行動が「姉に履かせたい」という意図から起きていることを理解する。
  • タスク分析:複雑な行動を細かく分解し、順序立てて学習させる。安全性確保と学習効果の両立に有効。
  • 代替行動の差別強化(DRA):問題行動を減らすため、安全で望ましい代替行動を強化。強化は本人が自発的に選んだ行動に対して行う。
  • PBS(ポジティブ行動支援):本人の尊厳を守り、行動の機能評価に基づき、環境を整えて望ましい行動を促す包括的支援方法。
  • エラーレス学習:本人が失敗や心理的負担を避けながら学習できる設計。段階的に進めることで不安やエラーを減らす。

支援者への指導ポイント

  • 急な変更の危険性を理解する
    消去バーストや心理的ストレスが行動悪化の原因になることを具体例と共に伝える。
  • 段階的支援を必ず実践する
    ジェイピング、タスク分析、DRA、PBSの手順を正しく理解し、順序立てて支援する。
  • 記録と評価を重視する
    各ステップの成功・失敗を記録し、強化のタイミングを科学的に管理する。
  • 本人の意向と安全を両立させる
    強制ではなく、自発的に選べる行動を重視することで、心理的負担を最小化する。

段階的支援を実践することで、しょーくんは自発的に安全な行動を学び、姉の転倒リスクも低減します。支援者は、理論に基づき安全と学習効果を両立させることで、より効果的で安心な支援を提供できるようになります。

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