こだわりとは、わがままなのか?──椅子へのこだわりから考える支援の正しい視点

介護と暮らし

1. ケースの状況

施設での交流イベントで、弟は特定の椅子にどうしても座りたがりました。
職員は別の席に誘導しようとしましたが、弟は譲らず、椅子の取り合いになりかけました。
一見「わがまま」に見える行動ですが、実際には行動の目的が異なることが明らかになりました。

ここで重要なのは、職員が「誘導する行為」そのものに固執せず、弟(利用者)が落ち着き、安心することを目的として捉えることです。この柔軟性の有無が支援の成否に大きく影響します。

私はまず制止せず観察し、手の動きや表情、視線を注意深く見て、単に座りたいだけではなく、椅子そのものにこだわりがあるのではないかと推測しました。


2. 支援の実践(具体例)

① 状況の観察

  • 職員や周囲の対応を制止せずに観察
  • 弟(利用者)の表情や手の動き、椅子へのこだわり方を注視
  • 「譲れない理由が椅子そのものか、場所か」を推測
  • 観察を通じて、行動が単なる自己主張ではなく、安心感を確保するための行動である可能性を探ります

② 本人への確認

  • 弟(利用者)に直接質問:「この椅子に座りたいの?」「他の席でも大丈夫?」
  • 言葉だけでなく、指さしや表情など非言語的反応も確認
  • 結果、椅子そのものへのこだわりが明らかに
  • ABAのABC分析でいう「行動の目的(Behavior)の特定」に相当
  • この段階で、行動の背景を正しく理解することが、今後の支援計画に直結します

③ 環境調整

  • 職員に事情を説明:「お客さん席ではなく、この椅子がよいとのことですが、入れ替えは可能でしょうか」
  • 職員が了承し、椅子を入れ替え
  • ポイント:誘導の「手段」ではなく、行動の「目的」を満たす柔軟な対応を優先
  • 小さな配慮が本人の安心感を大きく支え、トラブル防止にもつながります

④ 安心して参加できる工夫

  • 弟(利用者)が椅子を移動する際は安全に配慮
  • 周囲の利用者や職員に簡単に説明してトラブル回避
  • 移動後、落ち着いてイベントに参加

⑤ 振り返りと評価

  • 行動の目的が満たされ、安心して参加できたことを確認
  • 同様の状況への対応フローを記録
  • 家族・職員間で「椅子へのこだわり=安心感のサイン」と共通認識を共有
  • これにより、次回以降もスムーズで安全な支援が可能になります

3. 理論的背景(具体例付き)

ABC分析(行動の機能理解)

  • Antecedent(先行条件):交流イベントでの椅子の配置や周囲の状況
  • Behavior(行動):特定の椅子に座ろうと譲らない
  • Consequence(結果):家族・職員が確認・環境調整 → 弟(利用者)が安心して落ち着く

分析により、行動の目的は「お客さん席に座りたい」ではなく、特定の椅子で安心したいことが明確になりました。制止だけでは目的が満たされず、行動が固定化する可能性があります。

氷山モデル(心理的背景)

  • 表面的行動:椅子にこだわって譲らない
  • 心理的背景:安心感や納得感の確保、環境へのコントロール感の保持、突発的不安回避

氷山モデルを用いることで、見える行動だけでなく、見えない心理的要素まで考慮した支援が可能になります

機能的評価(Functional Assessment)

  • 行動の目的や機能を明確化
  • 弟に直接確認することで行動の目的を特定
  • 環境調整(椅子の入れ替え)で行動が安定

職員へのメッセージ:誘導するときは、表面的な行動や物体に固執せず、行動の目的を満たす柔軟な手段を選ぶことが重要です。


4. 介護過程として整理

  1. 観察:行動を制止せず注視
  2. アセスメント:行動の目的や背景を推測
  3. 支援計画:環境調整や確認方法を検討
  4. 実施:本人と職員の両方に対応を共有
  5. 評価:行動安定とイベント参加を確認

介護過程を意識することで、支援の再現性と安全性が高まります。


5. わがまま=教育不足の誤解

一般的に誤解されやすいことですが、「わがままを許さず我慢させることが教育になる」と考える人もいます。しかし、専門家の視点ではこれは誤りです。

  • 行動の目的を無視した制止では学習にならない
  • 不安やストレスが学習を阻害する
  • 信頼関係を損ない、自己表現や社会参加意欲を阻害する
  • 表面的に制止するだけでは行動問題が悪化するリスクがある

指導者への提言:柔軟に手段を変え、行動の目的を満たす支援が、学習や成長のチャンスを生みます。


6. まとめ

  • 表面的行動だけで「わがまま」と判断せず、背景や目的を理解する
  • 安心感・納得感を満たすことで行動は安定し、学びや社会参加の機会も広がる
  • 信頼関係を築くことが、教育や支援の土台になる
  • ABA/FBA、氷山モデルなど行動科学の理論を応用すれば、家庭でも施設でも安全で学習効果の高い支援が可能

💡 ポイント
・「我慢させる教育」は逆効果
・支援は「行動の背景理解+環境調整+本人確認+柔軟な誘導」が必須

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